鉄道車両から考える男女同権
E235系の台頭
JR東日本は9月4日、横須賀・総武快速線にE235系を投入することを発表しました。
E235系の台頭は時間の問題だと思ってはいましたが、中距離路線にセミクロスシートも設けず、山手線とほぼ同仕様のままとは…。
(参照: http://www.jreast.co.jp/press/2018/20180902.pdf)
嫌われ500系の半生
E235系のように鉄道事業者が車両の規格を統一するのは、コスト削減や運用性の向上を図るためです。
デビュー当時は世界最速の300km/hを謳っていた500系新幹線が早々に東海道から姿を消したのは、他の車両と規格が異なっていたためでした。
他の車両よりも座席数が少なく、運用を明確に区別する必要があったのです。
また、東海道区間では曲線の多さから最高270km/hしか出せなかったということも、500系の能力を最大限に活かせなかった原因の一つです。
これは、規格が違うものに同じルールを適用してもうまくいかない、ということだと思います。
写真: JR西日本500系新幹線@博多駅(2018年3月13日撮影)
完全なる男女同権の日
さて、話はころっと変わりますが、みんななんでもかんでも男女同権が良いって言い過ぎじゃありませんか?
個人的には、男女は身体の規格が異なるので完全な同権は無理だと思うのです。
女性専用車はなぜ必要か?
これは、一般的に女性の方が男性よりも腕力が弱いとされているからです。
痴漢から女性を守るためには、男性を遠ざけるしか方法がないという判断ですね。
規格の統一と男女同権
完全な男女同権を実現するには、鉄道車両と同様に人間も規格の統一が必要だと思います。
男性も子供を産み、女性も男性と同じ腕力を持つようにならない限り、男女に全く同じルールを適用することが最適とは言えないのではないでしょうか。
なんでもかんでも「男女同権にしろ!」と言う前に、人体の構造を考え直してみた方がいいのでは?と思う今日この頃です。